ラグビーW杯2023が開催されている中、松田力也さんが注目されています。
試合中、必ずしっかり点を獲るほど、重要なポジションですが、プライベートでは美人な奥様がいらっしゃるようです。しかもかわいいと話題になっています。
また、日本代表選手になるまでどのように成長されてきたのか、元ラグビー選手だった父親についても詳しくまとめました。
松田力也のwikiプロフィール

名前 松田 力也(まつだ りきや)
生年月日 1994年5月3日
出身 1994年5月3日
身長 181cm
体重 92kg
「力也」という名前は、力と力がぶつかり合うという由来で、ラグビー選手だった父親が名付けた名前だそう。
松田力也の経歴

6歳 | ラグビーを始める |
---|---|
高校時代 | 全国高等学校ラグビーフットボール大会出場を果たす
高校日本代表に選ばれたことがある |
大学時代 | 帝京大学へ進学
カナダ遠征でのカナダ代表戦にて途中出場で日本代表初キャップを獲得した |
2017年 | パナソニック ワイルドナイツに加入 |
2019年 | ラグビーワールドカップ2019の日本代表に選出された |
2022年 | 7か月ぶりに怪我からの復帰を果たした |
小学校4年生の力也さんのために、父親は伏見工業高校の合宿に連れていき参加させました。
伏見工業高校といえば京都にある名門高校で、花園大会へ何度も出場をしている高校です。
その伏見工業高校の夏合宿へ小学校4~6年まで毎年参加したのだから驚きですね。
毎年全国大会へ出場するような高校の練習は、小学生がついていけるレベルでは無かったはずです。それでも素晴らしい練習環境を間近で見ることは力也さんの中で大きな経験となったことでしょう。
父と息子で約束した全国高校ラグビー大会「花園大会」に出場する夢に向かって、小さい頃から頑張っていました。
松田力也の家族につて
父親
松田大輔さん

ユニチカの社会人チームの選手でありポジションはフォワード。
フォワードは身体を張ってボールを守り、前へ進めていく役割があります。激しい身体のぶつかり合いや力を使うので、体格のよく屈強な選手が多いポジションです。
2005年12月25日にくも膜下出血で急逝。39歳でした。
仕事が超繁忙期にもかかわらず、試合中に負傷してしまい、力也さんが救急搬送されることに。付き添った父親と病院から帰宅し、「頭が痛いから」という理由で仮眠を取ったところ、くも膜下出血になり、母親が懸命に心臓マッサージを施したが、そのまま帰らぬ人になったとのことです。

当時、11歳だった松田力也さんはずっと泣き続け、
「自分がケガをしなければ、違う未来になっていたんじゃないか」
という思いが頭の中を駆け巡っていたといいます。
それでももう一度前を向いてラグビーをやろうと背中を押してくれたのがラグビーが繋いだ父との約束だったそう。

「ラグビーで頑張ることが、父への一番の恩返しになる」
と思いを胸に、社会人チームで活躍した父を超えることが一つの目標となり、力也さんは努力を重ね、日本を代表する選手へと登りつめました!
母親
詳しい情報はありませんでしたが、早くに夫をなくしている中、力也さんと妹さんを育てたのでとてもパワフルな女性かと思われます。
ラグビーをする力也さんの姿が、どんどん夫の大輔さんと重なり、頼もしく感じているのではないでしょうか。
妹
詳しい詳細は分かりませんでしたが、松田力也さんよりも幼い頃に父親を亡くしているため、兄の存在がとても心強く感じていたのかもしれません。
妻

奥様は一般の方で、2016年の学生時代に出会い、2018年に結婚されました。
鼻筋が高く、笑顔もキュートな奥様ですね!
この写真からお二人の仲の良さがにじみ出ていますね。
先日のW杯で、試合後に3歳くらいの子と松田選手が一緒にいる姿が見られました。

まとめ
松田力也選手は亡き父親との約束を果たすべく、ラグビーの道を極め、日本代表選手として世界と戦えるレベルまで到達していました。
そんな選手を近くで支えていたのは美人の奥様がいらっしゃったからだと思われます。
これからの選手としての活躍を応援しています!